高齢者やその家族にとって、未来のことを考えた相続対策は極めて重要です。相続に関する計画を立てないままでは、生活の安定や財産の分配が危うくなる可能性があります。この記事では、相続対策の中でも任意後見に焦点を当て、基本的な要点と他の相続対策との違いをわかりやすく説明します。
任意後見とは何か?
任意後見は、将来の判断能力の低下に備えて、本人が自身の代理人(任意後見人)を指定し、その代理人と契約を事前に結ぶ仕組みです。これにより、将来的に判断能力が低下しても、指定された代理人が本人の利益を尊重して、財産管理や生活、医療のサポートを行います。この契約は、本人の判断能力があるうちに、公正証書で行う必要があります。
任意後見は3つの類型に分けられます。
・将来型
本人が将来の判断能力の低下に備えて任意後見人を指定し、契約を結ぶ方法です。任意後見の効力は、本人の判断能力が低下し、任意後見人が家庭裁判所に任意後見監督人の選任を申立てをして、任意後見監督人が選任された時から始まります。
・移行型
本人の判断能力がある期間は任意代理契約で、本人の判断能力低下後は任意後見契約に移行して、切れ目なく本人の財産管理や生活のサポートを行う方法です。例えば、本人が判断能力はあるが、足腰が弱りサポートが必要な場合に適しています。なお、判断能力低下後は、任意後見監督人の監督下で、任意後見人が業務を行います。
・即効型
本人が既に判断能力が低下しているため、任意後見契約の締結と同時に任意後見を開始します。ただし、判断能力が低下した後の契約になるため、手続きを行う公証役場で断られることも多く、実際は難しい場合があります。
任意後見人が代理できる範囲
任意後見における代理人の役割と責任範囲は、契約書で明確に定めることができます。通常は、預貯金の管理や必要経費の支払い、日常生活のサポート、入院や施設入所の手続きなどが含まれます。
メリットとデメリット
メリット
・自己決定権の保持
本人が任意後見人を指定できますので、自己決定権を保持しながら任意後見人のサポートを受けることができます。
・円滑な生活と財産管理
任意後見人のサポートにより、日常生活や財産管理が円滑に行えます。特に高齢者や認知症の方にとって、安心感を提供します。
・比較的自由な契約
任意後見人の代理権の範囲や報酬等を本人と任意後見人になる人の意思に基づいて契約書で定めることができます。
デメリット
・死後の手続きはできない
任意後見は本人の死後には効力がなくなるため、本人の死後の手続きを代理することができません。
・家庭裁判所への申立てが必須
任意後見をスタートさせるためには、任意後見人が家庭裁判所へ任意後見監督人の選任を申立てる必要があります。
・任意後見監督人のコスト
任意後見監督人には専門家が選任されることが一般的で、その場合は定期的な報酬が発生します。
・取消権がない
任意後見人は本人が行った行為を取消す権利がありません。そのため、本人が高額な買い物をして、任意後見人が取り消したい場合は、クーリングオフや詐欺・脅迫を理由に取消すことになるため、証明することが難しかったり、手続きに手間がかかったりすることがあります。
関連制度との違い
・法定後見との関係
法定後見は、本人の判断能力が低下した後に、家族や他の関係者が家庭裁判所に申し立てを行い、家庭裁判所が代理人(法定後見人)を選任し、本人をサポートする制度です。 任意後見との主な違いは、代理人の選任を家庭裁判所が行う点、代理人の権限が法律で規定されている点、そして本人が行った取引に対する取消権が存在する点です。
・遺言書との関係
遺言書は、死後の財産の分配を指示する文書で、本人の死後に効果を発揮します。本人の死後の預貯金の解約等は遺言執行者が行うことができます。一方で、任意後見は本人の生前の財産管理や生活サポートを任せる契約のため、本人の死亡により事務は終了します。遺言書と任意後見を組み合わせることで、生前から死後まで途切れることなく財産の管理を任せることができます。
・家族信託との関係
家族信託は信託契約に基づいて、信頼できる人(受託者)が本人の財産を管理・運用します。受託者は本人の生活や医療のサポートには関与しませんが、信託契約に定めた財産については管理運用できます。一方、任意後見は本人の生活や医療のサポート、財産の管理を任意後見人に任せることができますが、後見監督人など第三者の関与が必要になる場合があります。なお、家族信託では信託した財産の名義を受託者に変更するため、よりスムーズな財産管理等が可能です。個々の状況や将来の計画に応じて、家族信託と任意後見を組み合わせることで、財産面と生活面の両方を包括的に管理できることがあります。
まとめ
相続は誰にとっても避けられない課題です。しかし、十分な準備をすることで、家族や本人自身の将来に安心感をもたらすことができます。任意後見はその一環として、自己決定権を守りながら将来に備えるための優れた手段です。相続対策は、任意後見の他にも遺言、家族信託、生前贈与など、個々の状況に合わせた計画が重要です。司法書士や弁護士などの専門家のサポートのもと、最善の方法で将来に備える第一歩を踏み出しましょう。